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商品の自立目指す

流れる風景の中で写真を撮るとき、本当に見たいものがある瞬間は写真をとれない。
本当に憶えておきたい瞬間は、それぞれの頭の中にしかないんだろうなぁ。
撮れなくって悔しくて憶えてるってのもあるんだろうけど。


今日は学校からお願いしていたところの面接。見過ごされがちだけど調べてみると(デザイン的に)私にとってとても心地よさそうなブランド。できれば入りたい、と思う。自分でリアルクローズを作ってみて、商品としての価値を作り上げるのってとても難しいと思ったし、大まかなところに対する細部の強度がしっかりできなかったところとか改善できる反省点がたくさんあるから、これから少しそういうところに気をつけてつくる環境がほしい。クリエイションを持続させることよりも足りていないところを補う方が先決だと思う。そして私にとって、これがクリエイションよりむずかしいと思うから。買う、にいたるまでの道筋。買う人を想像して作るメーカーって、着地点がぼんやりしているほどリスキー。

いろいろ、何が足りてないかわかってきたところで、成長するチャンスなのです。
課題が出されるようなので、決まるとしても4月。他のところも受けて、バイトして衣装つくってってしてたらすぐ日が過ぎそうだな。
実りある1年を送れるように、1ヶ月遅れで気を引き締める。


服作りはロジックで、
服作りは錬金術、だそうな。

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  1. 2009/01/30(金) 13:35:20|
  2. fashion
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見方

最近服を見るときに、主に、表層的なデザインがファッション的価値を持っているかそうでないかと、アイディアが服を凌駕していないかとを見ている。


アイディア倒れになっている作品は服に限らず多い。アイディアって思いついてしまうと実践したくてたまらなくなる。でもそれは作者の意図だから、アイディアはできるだけ静かに立ち振る舞わなくては。


表層的なデザインに関しては、言葉にするとそれは新鮮かどうかなのだと思う。


そういうところが気になる。
  1. 2009/01/26(月) 00:55:53|
  2. design method
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victory,

D&DEPARTMENTの裏コンセプトが川久保さんが買いそうなもの基準だったということを2年前くらいのナガオカさんのブログで知る。そういえば1年前くらいに行ったときギャルソンの香水が置いてあったことを覚えている。


街の人々の様子を見ていると、自分がファッションデザイナーでありたいという意志がどんどん希薄になってくる。人は見られることよりも自分が感じるということの方が重要になっていて、飾ることよりも食べることとか、心や肉体をリラックスさせることの方が大事になっているんじゃないかな。服は、たぶんこんなもんでいいと思っている。自由を獲得するための服はもう必要ない。だってもう皆自由なんだもの。精神的に自由で、社会的に不自由、という感じがする。

そんな時代にのどから手が出るものって何だろう。この時代を乗り切るためににどうしてもワードローブに欲しい主役の一着ってどんなんだろう。


今日は新宿をふらふら。NOZOMIISHIGUROがかっこよかった。ホールオーハラのニットのワンピースもとてもかわいかったけど、丈が長すぎて売れ残ってたのかな。もったいない。結構いい服はたくさんあるのに売れ残ってるって現状は怖い。何か服ってもったいない。


男女の性差も変わってきているし、この時代、結構見所は多い。



福田繁雄さんが亡くなったのを知った。人格の上でも憧れのある人だ。素敵な作品をありがとうございましたと言いたい。ご冥福をお祈りします。
  1. 2009/01/25(日) 17:29:23|
  2. design method
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って、どういうもんじゃ。

1月半ば、つい先日IFFに参加した。去年と同じファッション大賞の支援の一環。今年は張り切らず小規模。6点ぐらい、自分が着たいと思って買った生地のストックを使ってリアルクローズをつくる。一点ものをネット販売するという形式。
売りたいというわけではなく、自分のできる範囲で自分を幸せにすることが現代人の生きかたの一つだと思うから。
iff
MISAOOKUBO GARAGE SALE


思いは言葉にしないと伝わらない。言い回しも難しい。逆に自分も言葉に敏感になる。できれば感情だけでコミュニケーションしたい。単純な言葉と飾らない態度で子どものように生活したい反面、やりたいことは説明しようと思うとどんどん難解になると感じる。言葉にできないことが出てきた。言葉を覚えたい。


原研哉さんがデザイナーって分野で分けられないでしょって(タマビのデザイン科が言ってる)って言ってた。原研哉さんが写真を撮ることは忘却することと言っていた。ブランドの本質は錯覚と言っていた。ブランドを作るという言い方は実際ないと思っている。でもブランド立ち上げました、というのが簡潔なのであって既存の記号でしょ。私のやりたいことって結構難儀なんかなぁ。


嘘はつきたくない人に、嘘をつかないと破綻する(時がある)。そういうときは、彼女の目の中の自分をじっと見ればいいのかな。きっと一番安心するんだろう。という、2番目に書きたいことを書いてみる。
でも、そういうもんなんだろーなっ。


もんじゃ焼きをこの前初めてたべた。
  1. 2009/01/23(金) 08:30:14|
  2. contests
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ファッションデザインのメソッドのひとつとして

この前友達の甥っ子を初めて直で見て、ファンタジー感を失うような感覚をもったこと。

あるデザイナーさんが、ファッションはいつの時代も跡形もなく消え去るものだから魅力的なのだと言っていたこと。


引っかかっていたのだけどなんとなくわかったことがある。

以前ブリッツのような作り方で(服ではなく)ファッションを作ろうとするとどうなるんだろうと考えたとき、どうしても同じところで転んでしまっていた。表面的な装飾のデザイン的価値とは?

就職活動の一環であるブランドの服を何シーズンか見た。もともと印象としてそこの服は機能と関係のない装飾が多いと思っていた。でもだからこそ商品としての価値は上がる。いくつかの機能的要素の中にいくつかの装飾的要素が混在していることでまとまりのある一着として存在させる。
これは言うまでもなく、それぞれのバランス感覚で教えられなくてもやっていること。

私はここでいう装飾的要素を入れる意図がいまいちしっくりこなくて、服らしく見せようとしていることのようで、ピンタックやステッチは特に好きではなかった。ジャラジャラした装飾など論外で。

わかったことは無意味な表面に価値を見てしまえるファンタジー、時代と共に全く必要でなくなったものに対する喪失感こそファンタジアのしるしだ。
ゆらゆらとして永続的な価値を持たないものがファッション。それ以外が文化と言っていいだろうか。

ない服をつくりたい、とここ何年か言ってきた。
ある意味でそれはない。少し近づいた気がする。

人は何年先まで自分を見るだろうか。
それがファンタジーであるなら短命のものをつくりたいと思う。
いつでも新鮮に感情を高ぶらせたい
  1. 2009/01/08(木) 01:55:34|
  2. design method
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