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パリでの8ヶ月の学生生活が終わる

昨日のジュリ(プロジェクトのプレゼンテーション審査)で、8ヶ月間のサンディカ3年生のプログラムが終わりました。
たぶん4年生の選抜は外れるなあと思います。

フランスに来る前、自分が何者か、どういう道をこれから進んで行けば良いかが見えたら良いと思っていた。
パリにもヨーロッパにも来た事なくて、ハワイと韓国に行った事があるだけの私が、
フランス語も全く、英語もろくに話せない状態で、自分の才能が世界に通用するのか知りたい、日本以外のスタンダードを知りたいというモチベーションだけでパリに来た。
28歳のデザイナー4年経験のある私と、20代前半の学生たちの差はもちろんあって、私のプロジェクトの成績自体は最初の1回を抜いていつもトップクラスだった。細やかな仕事を好む学校の傾向と、日本人の相性も良かった。

私の転機は、中学生のころに親に言い渡された離婚事実と、父親再婚の事実。もう小さな頃から父親がいない事に気付いていた。でも名前は父親性だったので、別居だと思っていた自分には少なからず離婚の事実は衝撃だった。でもそれよりも遥かに、父親の再婚は、捨てられた、の5文字しか思い浮かばなかった。捨てられた女と、その女の同じく捨てられた2人の子供の図を、全く頭からぬぐい去れなかった。
親に捨てられた子供の傾向として、人と深く関わる事を拒みながら、人に愛されたいという気持ちが強いという。全くそれに当てはまる。私はなぜ自分がこんなにも人と深く繋がりたいと思いながら、その関係をある面で希薄に捉えているのかという理由を見つけたと思った。そして、物質愛も、ものは裏切らないというところからきているように思う。
親同士、それぞれの言い分はもちろんあるだろうけれど、片方の親からの話だけ聞いて育った私たちは、偏ったとらえかたにならざるを得ない。
私は、父親を許さないと思っていたし、弟は母を恨んでいると言った。

中学生くらいの時から、才能だけで生きていってやると思っていた。
20代の前半くらいで、才能だけでは生きて行けないと思った。
そして今、私は才能しかないと思っている。
仕事や作品以外では細やかなことはできないし、他言語の習得も人並みにできなかったし、親友と呼べる友達もできなかった。人といて楽しい時は、お酒を飲んでばか笑いしているときよりも、何かものづくりのきっかけに触れられた時。もう1年あれば、そういうフランス人と仲良くなって話せるくらいにはなりたい。
日本にいるとき、ある人と対等に話せなくて、それは自分のことが自分ではっきりわかっていないからだと思っていた。今は自分のできることと、できないことがわかってきた。少しまともに話せると思う。
才能しかない身には、自分でブランドの看板をしょうのは結構難しい事で、才能を発揮できる誰かの元で働く事がいいと思っている。いいものをつくっただけでは売れない。人とのつながりが商売の必勝法だ。

  1. 2015/06/05(金) 21:35:40|
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